私たちは「地球のお医者さん」です。
ジェンティは、「その人がその人らしく」を応援しています。 ジェンティに関わることで、誰もが自分らしく、 美と健康と生き方を通しての「幸せ」はもちろん、 「仕事」を通しての「成功と幸せ」も、いっぱい味わっていただきたいと想います。 そのために、今は思いっきり準備をしております^^ 共鳴していただける方は共に、 人と地球に優しい、本当の意味での「幸せと成功」を共に歩みましょう。
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2015年02月28日
毎日が追われるように生きていると、通勤の電車の中が安らげる場所であったりします。
最終電車で、吊革に持たれながら半分眠っているサラリーマン。
彼らは、家族や会社や社会のために、身を粉にしている。
その姿を見ると、胸が締め付けられる。
でもたまに、何だかホッとするときがあります。
やりたくない仕事を一生懸命頑張ることは苦しいことだけど、そこに誇らしいぬくもりもあります。
サラリーマンがいるからこそ、今の日本があります。
彼らは、世界の宝じゃないかなって想っています。

そうそう、今年は、そんな男たちがより美しくなる「男性向け化粧品」をラインナップしたいと思っています。
昨夜、家に帰ると工場から試作品が届いていました。
眠る前に使ってみました。
朝起きるのが、まず楽でした。
きっと、気持ちが楽になるような感覚。
寝起きの顔を見ると、スッとしていて、むくみが取れているようでした。

使うことで、心の疲れも取れるような男性向け化粧品。
もちろん、BBパウダーや酵素やヒメガマも入っています。
流した水が、地球の環境にも優しい。
お父さんたちだって、本当は美しいんだと、胸を張っていただきたいんです。








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2015年02月27日
よく考えたら、僕はこれまでお金をかけて何かを学んだことはほとんどありません。
小学校の頃の公文とか、それくらいです。
だから逆に、人様に何かをお伝えさせていただくのに、お金をいただこうと思えません。
「セミナー業」という、人を教えることを商売にすることに抵抗があるのは、人が人を教育するのは、無償の善意であるものだと僕は思っているのでしょう。
子どもの頃に学んだものは、「ドラえもん」とか「キン肉マン」といったヒーローもの。
大学生の頃は「人間交差点」とか「家栽の人」とか、生き方を教えてくれるドラマ。
そこには、優しさや、強さ、勇気、冒険心…
かけがえのない宝物がたくさん散らばっています。
そこで教わったものは、僕の社会での生き方に大きく役立っています。
最近はまっているのは、「絵本」です。
以前にも書きましたが、「こころの不思議」という小学生1・2年生向きの本は、ここ10年で読んだどんな学術書よりも勉強になりました。

なぜなら、そこに「愛」があるから。
「おしえ」の語源は、「いとおし」です。
愛を伝える行為です。
今も、大先生とお話させていただくにも、とても大切な教えを無償でいただいています。
そこで得たものを、無償の精神で世界や社会に返していきたいと思っています。













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2015年02月26日
「慈」の字源は、小さな草が芽生えていることを愛でる心、から来ています。
私たちも、小さいながらも精一杯生きているものを見ると、愛くるしい気持ちがこみ上げてきますね。
例えばそれが、小さな青い花であったり、赤ちゃんであったり、子犬であったり。
でもそれは、大人だって本当は弱い。
偉人と呼ばれているような人も、一人になったら小さくて弱い存在かもしれない。
地球だって、もしも感情があるならば弱い存在かもしれないですよね。

この世界に存在するすべての存在が弱いと感じられれば、すべてに慈しむ気持ちが湧いてきます。
そうすれば、誰かと戦わなくて済むでしょう?



2015年02月25日
僕が高校教師の頃、盛んに「学級崩壊」という言葉が使われていました。
生徒が落ち着かずに席を立つ、それが蔓延して授業にならない。
その頃から、学校の役割は少しずつ変わっていったように思います。
今、ほとんど「学級崩壊」という言葉は使われません。
「学級崩壊」が無くなったからではなく、それが当たり前になったからです。

1970年代、「ノンポリ」という言葉がありました。
ポリシーを持っていないという意味で、新しい生き方を意味しました。
でも今は、その言葉は使われません。
全員が、ノンポリだからです。

言葉は、全員がその状態になると、必要がなくなるから消えていく。
「幸せ」という言葉も、使っているということは、それが実現されていないということです。
「足るを知る」という言葉さえ、全員が足るを知ってしまえば、無くなっていくでしょう。











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2015年02月24日
悲しいという字は、左右に心が引き裂かれるという様子を意味しています。
誰にでも、そんなときってありませんか?
心が引き裂かれるような、針で刺されるような感覚。

それから逃れるには、3つの方法があります。
1つ目は、自分自身を麻痺させること。
麻痺させるということは、痛みも感じにくくなりますが、幸せを感じることもできません。
2つ目は、悲しみの原因から逃げること。
そのときは逃げることはできても、また次の悲しみがやってきます。

3つ目は、悲しみ以上の愛を見つけること。
愛の分だけ、悲しみは昇華されます。
愛は、心を潤す清い水のようなものです。
愛には、色々な形がありますね。
目に見えてわかるような、誰かと分かち合える愛。
人知れずそそぐ、無償の愛。
暮らしの中にある、ささやかだけれど確実な、小さい愛。

愛を見つけた分だけ、人は悲しみを癒される。
愛と悲しみは、ヤジロベーの両端のようなものかもしれない。
だとすれば、悲しみを知る人ほど、愛が深くなることもできる。

だから、悲しみも、いつか宝物に変わる。

















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2015年02月18日
夢を現実にできること…
現実を夢にできること…

日々の暮らしを夢のように思えれば、誰もがいつの時も幸せな人生を歩んでいる。
そこには、競争や比較もいらない。

資本主義を越えた向こうに、その価値観の世界があります。
僕らは、資本主義の次の時代をつくりたいと思っています。

例えるなら、家族のような世界。
家族の中では、ご飯をつくったからとか、朝起こしてくれたからとか、慰めてくれたからとかで、料金は発生しないでしょ?
だって、善意と好意でしているのですから。
相手が喜んでくれること、それが報酬です。

僕らは、地球家族です。
もう一度、そこから始めてみましょう。










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2015年02月15日
化粧品は、肌に塗るもの。
肌と脳は、元は一つの細胞が分化して生まれたものです。
だから、つながっています。
肌に触れたものは脳に影響を与え、それはそのまま心への影響になります。
だからこそ、年齢に関係なく、すべての皆さまに原料や品質にこだわった化粧品をお使いいただきたいと思っています。

「肌に乗せるだけで、心も癒されるような化粧品」
これが、ジェンティの目指している「人の心と体にやさしい」をテーマにした化粧品です。
使うことで、人の心と体の健康にやさしい。
流した水が、地球の水と緑の環境にやさしい。
私たちのお届けする、すべての商品にその想いが込められています。











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2015年02月03日
戦争がなくなるには、どうすれば良いのだろうか?
子どもの頃からずっと、考えてきました。
社会を変えるにはどうするのか?
戦争の原因は何なのか?
一人一人の争いが消えれば良いのだろうか?

僕はこれまで、社会や人を変えることを考えてきました。
でも最近、一つの答えが見つかりました。
「水」や「空気」を変えることです。
先日、出張の帰りに琵琶湖の湖を見て思いました。
琵琶湖が変われば、それを水源としている町で暮らす人たちの心が変わるのだと。
さらに言えば、あなたの町の海が変われば、海は世界中つながっているのだから、世界の海も変わるのだと。
伊勢の海が変われば、アラビア湾も、アドリア海も、カリブの海も、地中海も、太平洋も大西洋も…
すべての海が変わり始める。
すると、その海に接する人たちの心も変わり始めます。

空も同じです。
私たちが今見上げている空が、より美しく平和の風に包まれるようになれば、その風は世界に流れていきます。
パリで見上げる空も、中東で見上げる空も、アメリカも日本もアジアの空も、すべてが変わるように思います。
すると、空を見上げるたびに、人の心は平和の色に染まっていくでしょう。

人を変えることは難しい。
なぜなら、私たちには感情がありますから。
感情があると、言葉や想いはゆがんで伝わってしまうことが有ります。
だって、私たちは人ですから。
でも、私たちを包む水や空という環境が少しずつ変われば、そこに触れながら心は次第に変わり始めます。
それは、無言のメッセージです。

いつか、世界は人知れず、こっそりと平和になっていくことでしょう。

やることは、ささいなことです。
私たちの今、目の前にある「水」や「空」に、平和の想いを込めるだけです。







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2015年01月21日
現代社会は、「情報社会」と呼ばれています。
経済においては、情報こそが重要であり、ある意味では「武器」であると考えられています。
情報を追い求める世の中…
現代人はそれを求めるがゆえに、「便利なのに忙しい」生き方をしています。

僕は、反対に情報を必要としない生き方をしています。
情報という字は、「情け」の「報せ」と書きます。
情けとは、揺れ動くものということです。
情報に振り回されていると、忙しいだけの一生になってしまいます。
そこでは、真実を手にすることはできません。
真実は、あなたの心の中にあります。
だから昔の人は、何も学んでいなくても、人の道を知っている人がたくさんいました。
自分自身をよく知っていましたし、自然の水や土や空気や太陽を、よく見つめていました。
そんな暮らしの中には、本当に必要な「気付き」があります。

もともと情報とは、19世紀以降に使われ始めた戦争用語の一つでした。
情報が理論的にまとまると、「知識」になります。
知識が気付きと合わさると、「智恵」になります。
智慧に天からの恩恵が与えられて、「叡智」になります。

情報を、情報だけで終わらせない社会でありたいものですね。
人類が「叡智」を求めるようになれば、今の世界の争いは気付いたらなくなっているはずです。












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2015年01月19日
昔々、誰かに聞いたお話です。
『本当に大切なもの』という、幸せとは何なのかを考えさせてくれたお話です。

神さまが、天使たちに「本当に大切なものを探しに行きなさい」と言いました。
天使たちは、地上に降りて様々な大切なものを探しに行きました。
宝石、富、地位、建築物、賞賛、祭り、その他の様々なものを天使たちは目の当たりにしていきました。

ある町に、「幸せに生きた人」がいました。
彼は、大成功を収め、死ぬ寸前まで人々の笑顔に囲まれていました。
その町の人々は、彼が死んだ後に、彼をたたえて彼の銅像をつくり、町の中央に祭りました。
その銅像は、住民たちが願いを込めて、色とりどりの宝石に包まれていました。
それは、彼を祭ることで、その成功と幸せをあやかるというものでした。
それは、「幸せの銅像」と呼ばれ、町の人々の誇りでした。

その銅像には、命と心が宿っていました。
町の中央にたたずむ彼は、一羽の渡り鳥と友だちになりました。
彼は渡り鳥とお話をします。
「君は、広い世界を渡ることができて幸せだねえ。」
「君は、たくさんの宝石を身に着けていて幸せそうだねえ。」

ある日、町一番の貧しい者が、その銅像の前で倒れていました。
それを見た銅像が言います。
「私の左腕の時計は、高価な宝石でできています。
これを持っていって売りなさい。」
銅像から宝石を受け取り、貧しい者は去りました。

ある日、病で親を失った子ども達が、その銅像の前で飢えてしゃがみこんでいました。
銅像は言います。
「私の右目は、サファイアでできています。
これを持っていってお金に変えて、食事をとりなさい。」
少年たちは大喜びで帰りました。

来る日も来る日も、銅像は自分の体の一部を人に分け与えました。
秋が過ぎ、冬を迎える頃、渡り鳥が言いました。
「僕はもうすぐ、次の町に行かなければいけない。
でも君と会えなくなるのは、寂しい。
また逢える日まで、さようなら。」
銅像が言いました。
「待ってくれないか。
君がいなくなれば、僕は悲しい。」
そうして、渡り鳥は町に残り、その冬を銅像と共に過ごしました。

春が来るころ、銅像には身に着けているものは何も無くなりました。
すべてを、必要としている者にあげたからです。
その頃、渡り鳥はひと冬の寒さが身に染みて、亡くなりました。
鳥は最期に言いました。
「僕は、最後まで君と一緒に過ごせて幸せだったよ。」
銅像は泣きました。
「君は、本当は次の町に行って方が良かったかもしれない。
僕は、自分のわがままで、大切な友達を失ってしまった。」

宝石をすべて失い、友を失い、泣いている銅像を見て町の人たちは言いました。
「こんなみすぼらしい銅像はない。
これは、不幸の銅像だ!」
そして、みんなで叩き壊してしまいました。
こうして、銅像は友達は死に、身に着けている宝石を失い、とうとう壊されてただの銅の塊になりました。

そこに、一人の天使が降りてきました。
天使は、銅像の亡骸である、銅の塊を神さまのもとに持って行きました。
それを手にした神さまは言いました。
「これは、本当に大切なものである。」
このお話は、これで終わりです。

このお話、すごく好きなんです。
すべてを失ったとしても、失敗を犯したとしても。
それが思い遣りから来るものだったとしたら、それは大切なものです。

世間での成功や幸せの基準からすれば、この銅像は地位や名誉や財も友だちも失った、愚かな男です。
でも、本当に大切なものという基準で見れば、とても尊いものですね。
彼は、誰からも賞賛されなくても、人知れずに誰かを救っていたのです。

僕はね、資本主義の次の社会は、こういう社会が来ると思っているんです。
本当に大切なものを、尊いと思える社会。
でもそのお話をすれば長くなるので、また。














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2015年01月02日
2015年の僕のテーマの一つが、「楽しい」ということです。
これまでは、あまり楽しむことを意識することはありませんでした。
楽をするかのような、申し訳ない気持ちがどこかにあったのでしょう。
地球の裏側に、困っている人がいるのに、自分が楽しんでいることに引け目を感じていました。

最近、「楽しい」という言葉のとらえ方が変わってきました。
「たのしい」という言葉は、「てのばし」から来ています。
手を伸ばして喜んでいる様を、表しています。
漢字の「楽」を見ても、人が手を伸ばして微笑んでいる様子を表しています。
手を伸ばすということは、とらえようによっては、隣人と手をつなぐという意味でもあります。
本当の楽しいとは、伸ばした手を、つなぐことができるということです。
世界中の人が、今を楽しむことができれば、世界は今よりもっと平和になります。












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2015年01月01日
毎年、年明けから元日にかけて行う、恒例行事があります。
1つ目は、海でのカウントダウンです。
自然の暗い闇の中で過ごすことで、凛とした透明感と共に、新鮮な気持ちで新年を迎えられます。
今年はなおのこと、強い風と荒れ狂うような波、火山口を覗いているかのような力強さを感じました。
どんな映像にもかなわない、自然界の感動を胸に新年を迎えることができました。
2つ目は、自分の想いを見つめてまとめることです。
一年の抱負、これからしたいことや、するべき大切なこととは何か?
元日にまとめることがその通りには、全くならないのですが、見つめるという行為が重要だと思って続けています。

2015年は、これまで以上に、日々の些細なことを大切にしていこうと思います。
季節の移り変わり。
毎日の食事。
歩いている道や緑や空。

私たちは、自然の一部です。
自然の美しさを体感して、自然に恩返しをするような生き方を、これからもしていけましたら幸いです。





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2014年12月30日
先日のお勉強会でのお昼ご飯のメニューのご紹介です。
寒い季節に、心も体も芯からポカポカ温めてくれる、ジェンティのアイテムも取り入れた御品の数々です。

■今日のレシピ:体ぼっかぽかメニュー
『生姜たっぷり、厚揚げと野菜のお鍋』
・昆布だし ・千切りした生姜 ・だいこん
・人参 ・白菜 ・エリンギ ・厚揚げ
・お塩とお醤油で味つけ
※酵素を仕上げに。
酵素を入れることで、食材の旨味が引き出されます。
さらに、栄養の吸収もアップです。
ジェンティのモンド酵素は、熱に強いので、お鍋にも併せられるのです。

『わさび菜とアボガドのサラダ、納豆ドレッシング』
・わさび菜 ・アボガド
・ドレッシング(納豆、生卵、塩レモンのみじん切り、酵素)
※納豆ドレッシングは、モンド酵素をブレンドしています。
野菜の旨味をそのままに、栄養の吸収にも優れています。

『大学芋』
・さつまいも ・黒糖 ・みりん
・しょうゆ ・水素水 ・酵素
・黒ごま
※酵素を入れることで、まろやかさがアップします。

『生姜紅茶』
・紅茶 ・黒糖 ・生姜の絞り汁
※水からこだわっていますので、茶葉の鮮度が行かされて上品なお味になります。

以上が、ある日のお勉強会のランチメニューです。
いずれも、水からこだわっていますので、お米やお野菜を洗うのもすべてが水素水です。
こうして、ジェンティメンバーはいつも、日々の暮らしから「健やかな体」と「安らかな心」を養っています。
健やかと、安らかで、「健康」です。
是非とも、毎日の食卓にて、ジェンティ健康メニューをお取り入れてみてくださいませ。















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2014年12月26日
小さいということは、大きいということの対義語ではありません。
白の対義語が、黒では無いように、緑色の対義語が無いように。
それは、それぞれが単独でも存在している個性としての言葉です。

「小」という字は、左右の点は両手を意味します。
つまり、手に届くものという意味です。
手に届くものを抱くように大切にするという、そんな意味も含まれているように思えます。
私たちは、いつのまにか手に届かないものを欲しがってしまう。
あの山の向こうには、きっと何か幸せがあるのかと思い、遠くを望むのだけど、今を楽しめない。
メーテルリンクの「幸せの青い鳥」のように、本当の幸せは、最も身近なところに在るのかもしれない。

「大」という字は、人が両手と両足を伸ばしている様です。
それは、向上心の表れでもあるし、今以上を求めている姿でもあります。
「小」も「大」も、どちらも素晴らしい。

僕は「小澤」ですから、自分では「小」が好きです。
手に届く中での、ささやかでも確かな幸せ。
「澤」という字は、水にまつわる4つの幸せを表します。
水は、潤すということ。
水は、清める(流す)ということ。
水は、溶かすということ。
水は、伝えるということ。

幸せは、きっと今ここに既に、小さい灯りとしていつも瞬いています。
それに気付けない時もあるでしょう。
その時は、それで良いのです。
きっと何かを手を伸ばしてがんばっているように、それもまた、尊いことです。
自分を見失う時間があるように、その代わりに走る風の景色を望むこともできるように。
ふっと、そんな時に小さいことの大切さを思い返すことができたのなら、次の一歩が力強くなるはずです。









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2014年12月18日
最近、そう言えばっていう感じで思い出したのですが、僕は青年の頃は、絵本作家になりたかったんです。
季節や花や星を題材にして、自然の美しさをお話したいと思っていました。
今朝は雪を見て、久しぶりに絵の無い絵本を書きたくなりました。

「雲の休憩」
この世には昔、果てしなく広がる大地と、暗闇だけが存在していました。
その頃は大地に色は無く、ただただ闇が続いているだけでした。
その殺風景な景色を寂しく思い、神さまは彩りを豊かに染めていこうと考えました。
まずは、赤色です。
神さまは自らの血を固めて、太陽をお作りになりました。
次に青色です。
太陽が生まれると次は、神様は自らの涙を集めて海を生みました。
次に、朝陽の黄色が海に混ざり、緑色が生まれました。
緑は海から生えてきて、こうして植物が生まれました。
こうして、3つの色が生まれました。
そして、海の色を気に入った神様は、空一面を海と同じ色にしました。
太陽と植物の色を混ぜ合わせて、大地を茶色に染めました。
赤と青と緑と黄色と茶色を混ぜ合わせて、肌色をつくりました。
これが、人間の始まりです。
どの色が濃いのかで、様々な種類の肌の色になりました。

いつしか、太陽の陽射しの強さに疲れた人間のために、神様は自らの片目を粉にして散りばめて、白い雲をつくりました。
雲は、太陽の日傘の役目をする、神様の目でした。
こうして、世界は彩り豊かに美しく、そして平和が保たれていました。
太陽は朝になれば上がり、夜には休憩をしています。
雲には、休憩がありませんでした。
この空にない時も、どこかの空を包んでいます。
そこで、冬の間の陽射しの弱い季節に、雲の休憩を許しました。
その季節だけは、雲は地上に降りて、大地と会話を楽しみます。
そして時が経てば、また海を経て雲の仕事に戻ります。

私たちは、雲にも海にも、助けられている生き物です。
たまには、自然の中で生きている命たちにも、休憩をしていただきましょう。














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2014年12月12日
今日は、とあるお宅でお勉強会をさせていただきました。
水素水や酵素などをふんだんに使いました、ジェンティの特選メニューです。
食べるだけで、心も体も健康になる、素朴なお昼ご飯です。

【今日のお品書きと材料】

○厚揚げとお野菜のカレー
(カレーのルー※波動プレートに載せておきました。、生姜のすりおろし、オリーブオイル、ジャガイモ、たまねぎ、人参、厚揚げ、お塩、酵素)
(十八穀米)
酵素を入れており、素材は水素水に浸けています。
だから、ルーもサッパリなのにコクがあります。

○󾭣レタスと大豆とひじきのサラダ
(レタス、大豆、ひじき、マヨネーズ、リンゴ酢、お塩、酵素)
󾭣ドレッシングも酵素入りです。
素材はもちろん、水素水で洗っていますので、しゃきしゃきサッパリです!

○煮りんご
(リンゴ、黒糖、レモン汁、酵素)
煮るのももちろん、水素水です。
○󾭣プチトマト
波動水の水素水につけておきました。
だから、甘~いトマトになりますよ!

こんな感じです。
素朴でも、これはご馳走です。
それでは、栄養を補給して今日もがんばります。








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2014年12月06日


世界中で多くの人が、望んでいるのに叶わない夢。
それが、「世界平和」です。
世界には、戦争や貧しさのために、安心して暮らせない国がまだたくさんあります。
では、この夢は永遠に叶わないいのでしょうか?
そんなことはありません。
世界を平和にするのは、人の気持ちを感じてあげられる「優しさ」です。
つまり、これまでに紹介してきたことができれば、世界は平和になっていくのです。

この本、素晴らしいですね。
とっても、勉強になりました。
僕の尊敬する方から、教わった本です。
とても長い本ですが、この2ページだけでも、東大の4年間で習う分くらいの、気付きを得ることこともあるんじゃないでしょうか?












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2014年12月04日
1947年8月、長いイギリス支配から、インドは独立を果たしました。
しかしそれは、インドとパキスタンという、2つの国への分離独立でした。
ヒンズー教徒とイスラム教徒、信仰によって家族が離れ離れになるというようなものでした。
その時、ヒンズー教徒とイスラム教徒では、争い殺し合いが起こります。
それを食い止めるべく、非暴力を訴えるためにガンジーは死ぬまで続く無期限の断食に入りました。
一人のヒンズー教徒の男が、ガンジーのもとへ告白に訪れたのは、断食を初めて5日目のことでした。

「私は、ヒンズー教徒です。
イスラム教徒の男に、息子を殺されました。
だから私は、復讐のためにイスラム教徒の子どもを殺しました。
今さら、戦いをやめても神は許してくれない。」

77歳という高齢と断食によって、もはや弱っているガンジーは彼に言いました。
「地獄から抜け出す方法が一つだけある。
それは、争いによって両親を失った子どもを拾い上げ、大切に育てなさい。
ただし、イスラム教徒の子を、イスラム教徒として育てるんだ。」

信仰や肌の色、民族や文化、それらをそのままの姿で、その人を受け入れること、それが地獄から抜け出す方法だと。
ガンジーは、こうも言いました。
「私は、ヒンズー教徒です。
私は、イスラム教徒です。
私は、キリスト教徒です。
私は、ユダヤ教徒です。
枝は違っても、皆、同じ一つの木なのです。」

信仰の違いによる争いが起こる必要は、どこにも理由はありません。
人間は、罪を犯す生き物です。
その罪を償う覚悟があるのなら、その人は天国を生きることができます。











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2014年11月20日
おはようございます。
いつもお世話になり、誠にありがとうございます。
日ごとに、冬らしくなるのを感じるこの頃です。
いかがお過ごしでしょうか?
前回お送りさせていただいた、「この時代に生きる私たちの矛盾」の続きです。
少しのブレイクタイムにどうぞ。

「この時代に生きる私たちの矛盾(後篇)」
たくさん書くのに多くを学ばず、計画は増えたのに成し遂げらない。
急ぐことばかりを覚え、待つことを忘れた。
多くの情報を抱えるコンピューターを作ったが、コミュニケーションは減る一方だ。
ファーストフードは消化は遅く、体はデカくて人格は極めて小さい。

利益利益で人間関係は希薄。
共働きで収入が増えた分離婚が増え、見た目ばかり良い家が増え、その中は崩壊している。
太り過ぎの体を持て余し、死に急ぐため薬を多用する。
テクノロジーはすぐにメッセージを届けてくれるが、軽くてお粗末なものが増えるばかり。

今はそういう時代なんだよ。
忘れないで、愛する人と多くの時を過ごすことを。
その時は、永遠には続かないのだから。
忘れないで、あなたに畏敬の念を抱く人たちに優しい言葉をかけることを。
彼らはすぐに大きくなって、いずれあなたの元を去ってゆくのだから。
忘れないで、側にいてくれる人に温かなハグをすることを。
これがあなたが持っている 1 番の宝であり、しかもこれをするのに 1 円もかからないのだから。

忘れないで、愛する人に「愛している」と伝えることを。
そのときどうか、心をこめて。
心からのキスと抱擁は、相手の心をも必ず深く癒してくれるから。
忘れないで、相手の手を握り、共にいる時間を慈しむことを。
その人はいずれ、あなたの前からいなくなってしまうかもしれない。
愛するため、話し合うため、そして思いを共有し合うための時間を作って。
そしてどうか、これだけは覚えておいて。
人生は呼吸の数で決まるのではなく、どれだけハッとする瞬間があったかで決まる、ということを。

「本当の豊かさ」は何か、考えさせられました。
皆さまの今が、最善最良でありますよう、お祈りしています。

次回からはまた、「地球医学」の情報をお届けさせていただきます。
お昼からも、引き続きよい時をお過ごしくださいませ。
最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。

ジェンティ株式会社
小澤頼仁





















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2014年11月17日
こんにちは。
いつもお世話になり、誠にありがとうございます。
ジェンティの小澤頼仁です。

すっかり冬の空気に、模様替えされてきましたね。
いかがお過ごしでしょうか?
とあるアメリカのコメディアンが書いたメールが、話題になっています。
「足るを知る」という、忘れてしまいそうな大切なことを、ふと思い出させてもらえる詩です。

『この時代に生きる私たちの矛盾』

ビルは高くなる一方だが、人の気は短くなる一方だ。
高速道路は広くなったが、人の視野は狭くなった。
お金はじゃんじゃん使うが、得るものは少ない。

物は買いまくっているが、楽しみは少なくなる。
家は大きくなったが、家族のかたちは小さくなった。
ずっと便利になったが、私たちには時間が無い。

学のある者は増えたが、常識がある者はめっきり減った。
その道のプロフェッショナルと呼ばれる人が増える一方、問題は一向になくならない。

薬が増えたのに、病気は増えた。
飲み過ぎ、吸い過ぎ、浪費に走る…、それなのにほとんど笑うことはない。

夜更かしをし過ぎるあまり、朝起きた時にはすでに疲れている。
読書しなくなった分テレビばかりになり、祈ることもめっきり少なくなった。

たくさん物を持つが、その一方で物の価値が目減りする。
私たちはおしゃべりが過ぎる。
愛するということを滅多にしなくなって、いつのまにか憎むことばかりが増えていった。
私たちは生計の立て方は学んだが、生きることを学んでいないのだ。

寿命が増えただけで、真の意味で生きてなどいない。
月まで行けるようになったというのに、隣人とはトラブルばかり。
外側の世界を征服したところで、私たちの内なる世界はどうなんだ?

大規模なことは成し遂げてきたけれど、本当に善いことは未だ達成されていないだろう?
空気を洗浄したぶん魂を汚し、原子核をも支配したが差別は一向に消えない。

(後篇へ続く)

いかがでしたでしょうか?
本当の価値とは何かを、考えさせられるような詩ですね。
現代に生きる私たちは、もう少しゆっくり生きても良いのかも知れませんね。

引き続き、夕方からも最善最良をお祈りしています。
最後までお読みくださいまして、誠にありがとうございました。

ジェンティ株式会社
小澤頼仁






















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