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一隅を照らす

一隅を照らす
『照千一隅 此則国宝』
最澄の言葉です。

「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」
国法とは何でしょうか?
剣でしょうか?
勾玉でしょうか?
鏡でしょうか?
宝石や仏像でしょうか?

最澄は、「片隅で自分にできることを精一杯に生きている者、その想いや行為こそが国宝である。」と言いました。
素的なことですね。
最澄とは、最も澄み切っている者、という意味もあります。
彼は、767年、奈良時代の中期に生まれました。
仏教の中心は奈良の東大寺、そこで彼は朝廷が認める僧に任命されました。
19歳で今でいう、国家官僚の超エリートコースを歩んでいたようなものです。
その時に彼は、自分が出世欲の塊ではないか?と自問自答しました。

「私は、愚者の中で最も愚かな人間であり、
狂人の中で最も狂える人であり、
クズの中のクズではないか。」
と自分を徹底的に責めました。

こうして出世コースを離れ、故郷の比叡山にひっそりと籠りました。
これが、比叡山延暦寺の始まりです。

良いところだけを観ようとしても、良いところは観えません。
自分の悪を徹底的に観た時に初めて、そんな自分にも善きところがある、という気付きがあります。
その気付きは、悪をも愛し、誰の中にも善を見出すことができる明かりです。

苦しんで苦しんで、自己否定をして、その上でその奥にある自分の美しさに辿り着くという体験を、
あなたも、したことがあるんじゃないですか?

そうした時、どこにいようと誰といようと、一隅を照らすもの、そのものです。
一隅を照らす明かりは、あなたの中に今もう既にあります。







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